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★寒中御見舞申上げます。
2012.01.26 14:19
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[JM]
JOURNAL
★カレーなる終末
2010.12.15 15:20
昨日の夕食はカレーでした。そのカレーは、一昨日の鶏団子スープの残りにカレー粉などを投入して煮込んだもので、さらにその一昨日の鶏団子スープは、前日のポトフの残りに鶏団子とか白菜とか葱なんかを投入したものでした。つまり、昨夜のカレーまでの変遷を時系列に沿って書き直すと、ポトフ→鶏団子スープ→カレーということになります。
寒い冬の夜は鍋とか煮込み料理がいちばんです。たくさんつくった方が美味しいのですが、そうすると一晩では食べきれませんから同じメニューが2、3日続くことになります。となると、さすがに飽きてしまうので、このように残りものにいろんなものを投入したりして目先を変えてみたりするのが、まあ人のサガというもんですね。そういえば、そんなことを書いたエッセイがあったはずと、本棚を探してみたら2冊見つかりました。
『水玉歳時記』(『水玉全集』中の1冊)の終わりの方に、「ポトフのようなもの」→「いわゆるホワイトシチューのようなもの→「朱色の『もとホワイトシチュー』」→カレー(みたいなもの)という、「寒い夜と貧しい冬の両方にひどく良い」食べ物が紹介されていました。それぞれ、安いワインやビールを合わせて飲みますが、超コダワリオヤジも、やはり最後はカレーでご飯を食べるみたいです。
もうひとつは、金井美惠子『待つこと、忘れること?』の、「カレーのフェニックス風」という料理です。
この料理の生い立ちは、「スパゲッティ・トマトソース」→「鶏の猟師風煮込み」→「チキン・カレー」というもので、目白の金井家では「こうやって次々と別の料理に変身しながら、ついにチキン・カレーになったカレーを称して、『不死鳥(フェニックス)風』と言う」のだそうです。
「フェニックス風」とは、いかにも「目白風」だなあという気もしますね。
さて、カレーの話とはいえ金井美恵子さんのエッセイですから、話は小津安二郎から始まります。
小津安二郎は、スキヤキを食べるときは途中で鍋に、なんと(!)、ソースやカレー粉を投入して味に変化をつけて食べていたらしいという驚愕の(?)エピソードが紹介されますが、「最初は抵抗があったものの」やってみたら案外おいしくて、金井家でも今やシャブシャブの途中にカレーの残りを投入してカレーうどんにして食べてしまうという境地まで達しているということです。
このシャブシャブに投入された残りもののカレーが前述の「フェニックス風」であり、カレーうどんは「その色彩的見地」から「蘇る金狼」と呼ばれているそうです。
そして、「ひとつの料理が手を加えることにより様々に変身しながら『インドへの道』をたどり、ついにカレーになり、最終的にはカレーうどんとなって成仏するという歴史は、それがインドのものであるだけけに、カレーのリーインカーネーション=輪廻、と称したいくらいのものです」とまとめられています。
さらに、著者に言わせれば、[スキヤキ→カレー]は成立しても[カレー→スキヤキ]は成り立たないのは、「小津の映画を他の監督が、とてもリメイク出来ないのと同じ」なのだそうです。こんなところは、金井エッセイの楽しいところですね。
そんなわけで、この文のタイトルも映画にちなみ、スティーヴ・マックィーン没後30年記念ということでちょっと遊んでみましたが...。
[JM]




